栄光は父と子と聖霊に。初めのように今もいつも世々に。アーメン。

初めに「栄唱」とは何かという質問に対しての簡単な答えは、「三位一体の賛美歌」であるということです。カトリック典礼には「大栄唱」もあれば「小栄唱」もあります。「大栄唱」は、クリスマスの夜と他の祝祭日と、待降節と四旬節を除いて、毎日曜日に唱える「天のいと高きところには神に栄光…」で、「小栄唱」は上にあるこの文章のタイトルとテーマです。
次に「栄光」という言葉は、ミサにはもちろんのこと、聖歌や祈りにも良く使われる言葉ですが、その意味合いの分からない信者は少なくないでしょう。しかし多くの方々はきっと次のような経験があったに違いないと思います。
たとえば、ある人の家族や親戚や親しい友人などが、何か素晴らしいことや皆のためになることをしたとします。その事柄が話題になってもそれを行った人がまったく無視されたりしますと、私たちは、“それはいけない、だれがそれを行ったのかきちんと皆に知らせるべきだ”と思うのではないでしょうか。そうしてそんな素晴らしいことを行った人を正当に認め、ほめて、そしてその方に心から感謝の意を表すのは当たり前ではないでしょうか。
あるいはまた、癌を患っている人が、家族や友人などから腎臓や肝臓などの移植を受けた場合、その寛大な方に心低から感謝するばかりでなく、その気持ちを周りの多くの人にも伝えるでしょう。有難味を知る人はこういうことが分かっているので当然そうする筈です。恩を知らない人はそんなことをしないでしょうし、理解することさえ出来ないと思います。

「神に栄光」と叫ぶのはそういうことです。神は、なさることにおいて御自分の偉大さと愛を表しています。私たちはその偉大さとその奥深い愛を心から認めて、感謝しながらほめたたえます。その喜びと感謝を、人間は言葉を始めとして、いろいろな形で表すのです。そしてキリスト信者にとっての神の栄光の頂点は、御父が好意的に聖霊を通して御子において目に見える形でご自分を表してくださるという不思議なお恵みなのです。神のすばらしさは、特に聖霊の働きによって人間となった神の子イエス・キリストの言葉とおこないを表してくださっていることです。私たちはこの聖霊の息吹に感動して神の栄光をたたえるのです。栄光は父と子と聖霊に!

主任司祭 ハイメ・カスタニエダ