いつから神の栄光をたたえる習慣が始まったのでしょうか。

神の栄光をたたえて儀式や聖歌や祈りで締めくくるという習慣は、ユダヤの会堂で詩編とその他の祈りの終わりに唱えることから始まったようです。たとえば、

主をたたえよ、イスラエルの神を 世々とこしえに。アーメン、アーメン(詩編41・14)
神よ、天の上に高くいまし 栄光を全地に輝かせてください(詩編57・12)
イスラエルの神、主をたたえよ 世々とこしえに。民は皆、アーメンと答えよ。ハレルヤ(詩編106・48)
息あるものはこぞって 主を賛美せよ。ハレルヤ(最後の詩編150・6)

キリスト教時代が始まった時からパウロは手紙の中で沢山の栄唱を使います。いくつかの例をあげることにします。

栄光が神に永遠にありますように、アーメン (ローマの信徒への手紙11・36)
わたしたちの神であり父である方に世々限りなく栄光がありますように、アーメン(ガラテヤの信徒への手紙1・5)
わたしたちの父である神に、栄光が世々限りなくありますように、アーメン(フィリピの信徒への手紙4・20)

最初の初代教会には、この三つの例にあるように、御父だけにむけられていた栄光でしたがその他にも「御子を通して」を付け加えることもありました。

この知恵ある唯一の神に、イエス・キリストを通して栄光が世々限りなくありますように、アーメン(ローマの信徒への手紙16・27)

後でもう一歩すすんで、“聖霊”「とともに」、あるいは「において」が含められている例もあります。
たとえば、235年に殉教した聖ヒッポリトは3世紀初頭にローマの司祭として『使徒伝承』を書いて、その中に初代教会の典礼を取り上げています。ミサの関係で、今私たちが使っている「第二奉献文」のモデルになった当時のラテン語の奉献文は、御父に向かって、こういう風に終わります。

栄光と誉れは、キリストによってあなたに、聖霊とともに聖なる教会の中で、今も世々に。アーメン

このように三位一体の“三つの方”に言及するにはふたつの理由があったようです。ひとつはその“三つの方”を並べて呼びかける洗礼の儀式「父と子と聖霊の名によって洗礼を授け(ます)」(マタイによる福音書28・19)が、いつからともなくお手本になったようです。まだ幼児洗礼の習慣がなかったときに、自分の洗礼と多くの仲間の信者の洗礼のときに繰り返された言葉が心に刻まれていたのでしょう。

もうひとつは、御子と聖霊の神性、つまり、神であるということを否定した4世紀の異端に対して強い反応が広がった結果、カトリックの信徒の間に「栄光は父と子と聖霊に」が信仰宣言として普及しました。その後、ヘブライ語主義で「永遠に」という意味で「世々に」も初代教会ではよく言い添えることがありました。

529年にフランスのヴァシオの第二公会議で「初めのように今もいつも」が、ローマやアフリカで使われているのでフランスでも使うことに決まりました。神の栄光が永遠に讃えられるようにと願って、この短い栄唱は固まったのです。ラテン語教会の典礼で、特に詩編が唱えられるときは、各詩編の終わりに栄唱が唱えられ祈られたのです。典礼以外にも中世から常に、たとえば、ロザリオを祈るときなどには、度々使われました。


主任司祭 ハイメ・カスタニエダ