今年は2月早々に四旬節がスタートします。17日の“灰の水曜日”には「改心して福音を信じなさい」、あるいは「あなたは塵であり、塵に帰っていくのです」という根源的で感動的な言葉とともに、灰を額や後頭部にいただきます。それでは四旬節とは何かを一通り復習してみましょう。
典礼暦は、主イエス・キリストの生涯のできごとを記念するために、教会が一年間の中で順序立てて行くものです。典礼としての一年間は次の期間に分かれます。

第1 待降節
典礼年は待降節で始まり、イエスの降誕の前の4週間になっています。その間にいろいろな形で来られるキリストを仰ぎます。特に、
a)人類歴史の2千年前にイスラエルが待っていたメシア(救い主)への希望をキリスト者は新たにするのです。
b)世の終末の終わりに栄光のキリストが再び来臨することを、私たちは将来に向かって今か今かと待ち望みます。

第2 降誕節と主の公現
降誕節と主の公現の期間に、人間となった御子が私たちの間におられることと、すべての人々のために来られたことを祝います。

第3 四旬節
四旬節は御復活の過ぎ越しの祭りの40日間の準備のときです。復活の徹夜祭に受洗する志願者は特に大事にされます。

第4 復活節
聖霊降臨の大祝日までの50日間は、歓喜に満ちてキリストの復活を祝います。典礼暦の中心部分は聖なる過ぎ越しの3日間です。先ず、聖木曜日にご聖体の制定を含めて最後の晩餐とイエスの捕らわれと弟子の逃亡を追憶し、聖金曜日にその死を記念して、最後にイエスが死から新しい命に過ぎ越された祭りが荘厳に行われます。キリストは、永遠である最終的な状態(天国)に着かれました。そして幸いなことに、キリストは聖霊の力をもって、私たちをも同じく天国に招いておられます。

第5 年間
33、もしくは34週間になっていて、大きく二つの部分に分かれています。まず公現と四旬節のあいだの5週間から9週間の短い部分と、聖霊降臨から待降節の長い部分に分かれます。この短い期間中は一般的に主の過ぎ越しの神秘を祝います。イエスの公の活動の色々な出来事が思い出されますが、いつも教会が祝うのは復活の神秘です。つまり、キリストの在世の状態から、まったく新しい最終的な存在のあり方への過ぎ越しです。言い換えれば、私たちの主イエス・キリストの死と復活が永遠に神の栄光につつまれていることを宣言します。御ミサの中でパンとぶどう酒のしるしのもとにいつもいらっしゃるのは、現存している栄光のキリストです。

一年を通じて、特に第5の年間の間、教会は栄光のキリストに結ばれている聖母マリアと他の聖人をお祝いします。当然その時なによりも祝われるのは、キリストが母マリアと聖人たちに素晴らしいみわざをもたらしたということです。結果として、彼らは私たちにとってイエスに従う手本になるのです。

四旬節の間、復活の神秘に結ばれるための大切な準備として、具体的には、改心と祈りと苦行(食事を減らすことと困っている人々のために寄付や援助したりするなど)があります。

教会に四旬節のインスピレーションを与えたのは、モーセ(出エジプト34・28)、エリヤ(列王記上19・8)、そして、なによりも、イエス(マタイ4・2)の40日間の断食でした。初めの頃の断食は非常にきびしいものでした。

四旬節の間、日曜日を除いて、毎日夕方に肉も魚も無しの一回の食事しかありませんでした。現在、『新カトリック教会法典』の第1252条によりますと、断食しなければならないのは「60歳に達するまでのすべての成年者である」となっています。そして肉を食べてはいけないのは「満14歳に達した者」です。しかし、第1251条によりますと、現在はただ「灰の水曜日及びわがイエス・キリストのご受難とご死去の金曜日」だけです。以前の断食と肉を食べてはいけない多くの日の代わりに、特に「愛徳の業及び信心の実行」をするように勧められています。

WFP(国連世界食料計画)によりますと、10億人以上の人が飢餓の状態にあり、その何百万人かが飢死しているとあります。このような世界にいるキリスト信者は、その飢えを少しでも知るために断食をすることは良いことだと言う声が出てきています。今教会は断食についても私たちに任されています。今年の四旬節は、健康の状態を考慮に入れながら、一人ひとり、年齢を問わず、自分がどのように祈り、どのような犠牲をささげ、どのような愛の業をおこなうべきかを心に留めて過ごすようにいたしましょう。
神様の光と力を鍛冶ヶ谷教会の私たちに与えてくださいますよう心からお祈りいたします。

主任司祭 ハイメ・カスタニエダ