3月5日の初金に、いつもように、婦人会例会の前に御ミサが捧げられますが、四旬節ですのでその前に『十字架の道行』の祈りを唱えます。先輩方によりますと、数年前には四旬節の間、毎金曜日の午後の3時から幾人かの信者が集まって『十字架の道行』を唱えていたそうです。これからも四旬節の間、一人でもグループでも、教会の後ろのテーブルに『十字架の道行』という小冊子を用意してありますのでどうぞお使いください。
なお、この祈りが何の祈りかを知らない方のために、片瀬教会の主任司祭で親しい友達である、マリオ・バラーロ神父様の素晴らしい記事を、了承を得て紹介いたします。

主任司祭 ハイメ・カスタニエダ



十字架の道行き
カトリック片瀬教会 マリオ・バラーロ神父様

十字架の道行という信心は、早い時期にエルサレムで始まりました。キリスト信者は、イエス様が裁判所からゴルゴタまで通られた道を歩きながら、キリストの受難を記念する各留が設置されていました。また、12世紀から14世紀の間、キリストがお通りになった道を改めて歩むためのエルサレムへの巡礼が盛んになりました。

現在では、全世界のカトリック教会において、形は色々ありますが、どこの教会の壁にも14留が飾られ、信者は特に四旬節の間、キリストの受難を黙想しながら祈ります。これはイエス様の苦しみにあわせて、自分達の苦しみを神に捧げる大事なきっかけになると思います。

今月から私達の教会では、作り直した十字架の道行を飾ることになりましたが、その中身を新たに反省するきっかけになるように希望しています。十字架の道行は、ある意味で私達の人生に起こる様々な出来事を表しているような気がします。

イエス様は裁かれましたが、私達は時々悪く言われてしまいます。
イエス様は十字架を担われましたが、私達は重い責任、仕事等を背負うこともあるでしょう。
イエス様は途中でマリア様に会われ、彼女の心に痛みを感じさせましたが、私達も愛する家族を心ならずも悲しめます。
イエス様は十字架の重さで度々倒れましたが、私達も自分の弱さに負けてしまいます。
イエス様は十字架につけられた時、大変苦しまれましたが、私達も病気や悩みなどによって苦しんでいます。
イエス様は十字架上で亡くなられましたが、私達も時々死によって愛する人との別れの辛さを感じるでしょう。

そのような時、又あらゆる悲しみに出会うとき、キリストの十字架の犠牲に参加する事になるでしょう。しかし、最後にイエス様は復活なさったように、私達も辛さの中に永遠の幸せを考えながら、人生の道を力強く希望を持って歩んでいきましょう。



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