血といえば、心に浮かんでくるのは、命とか、力強さとか、あるいは、苦しみや犠牲とか、それとも、人を救うために血を流すまでの愛の極致などではないでしょうか。

イエス様の場合は最後の晩餐のとき「杯を取り、感謝の祈りを唱え、弟子たちに渡して言われた。『皆、この杯から飲みなさい。これは、罪を赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。』(マタイ26・27-28)血はぶどう酒の形で頂くので「酔う」の考えが自然に出てくるのです。もちろん酒に酔うばかりでなく、恋や歓喜に酔うとも日本語で使います。
イエスは一人一人の救いのために「ひどく恐れてもだえ始め、言われた。『わたしは死ぬばかりに悲しい』(マルコ14・33-34参照)。しかし、力強く『父よ、わたしが飲まないかぎり、この杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように。』(マタイ26・42)と祈りました。文字通り、愛に酔われていました。

わたしたちの願いも同じです。「イエス様、わたしの心を酔わせてください。怖くて自己中心的であるわたしは、あなたの愛から引っ張られてあなたに従って生きることが出来るように」。もしわたしが、あなたの弟子であると証しすることが、怖くてできないならば、酔わせる力があるキリストの血を必要としています。人間は、しあわせになるために、何か、素晴らしいものに夢中になるのは必要です。どうか、

「キリストの血よ、わたしを酔わせてください」


2011年2月1日
主任司祭 ハイメ・カスタニエダ


------------------------
ハイメ・カスタニエダ司祭のプロフィール
フェルナンデス・カスタニエダ・アルバレス・オソリオ・ハイメ
1931年 スペイン・マドリッド生まれ
1948年 イエズス会に入会し、1958年来日
1964年 叙階
1966年より米国のSaint Louis 大学に留学
1970年から上智大学で教鞭をとる
退官後、2003年カトリック鍛冶ヶ谷教会に赴任