キリストの脇腹の水よ わたしを清めてください

『兵士の一人が槍でイエスの脇腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。』(ヨハネによる福音書 19・34)

「水」は洗礼のしるしとして私たちを洗い、たましいが清められた秘跡を思い出させてくれます。しかし時間が経つに連れ心が汚れてきたなくなっていきます。自分でも素直に反省できれば、それに気づき、恥ずかしく、心からダビデのように悔恨の叫びをあげたくなります。
『神よ、わたしを憐れんでください 御慈しみをもって。わたしの咎をことごとく洗い 罪から清めてください。あなたに背いたことをわたしは知っています。 わたしを洗ってください 雪よりも白くなるように』そして、ダビデのように私たちも強く願いましょう。『神よ、わたしの内に清い心を創造し新しく確かな霊を授けて下さい』(詩編 51・3-5, 9, 12)

ダビデはまったく新しく作り変えられるべき心が必要であると感じました。私たちは、どうでしょうか…。
ルカによる福音書に深く私の心に響く箇所があります。
『イエスがある町におられたとき、そこに、全身重い皮膚病にかかった人がいた。その人はイエスを見てひれ伏し、「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と願った』(ルカによる福音書 5・12)

できるだけ、同じ心構えで、私たちも願いましょう。
キリストの脇腹の水よ わたしを清めてください

2011年3月1日
主任司祭 ハイメ・カスタニエダ


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ハイメ・カスタニエダ司祭のプロフィール
フェルナンデス・カスタニエダ・アルバレス・オソリオ・ハイメ
1931年 スペイン・マドリッド生まれ
1948年 イエズス会に入会し、1958年来日
1964年 叙階
1966年より米国のSaint Louis 大学に留学
1970年から上智大学で教鞭をとる
退官後、2003年カトリック鍛冶ヶ谷教会に赴任