8月7日の日曜日に鍛冶ヶ谷教会で8回目の「ミサのない主日の集会祭儀」が行われます。鍛冶ヶ谷教会には今までの経験に基づいたかなりしっかりとした「式次第」があります。皆様には是非参加していただきたいと思います。前にも書きましたように、いくつかの大事なことを覚えておいていただきたいのです。
  ごミサに与るたびに皆一緒に祈り、神のみ言葉を聴き、復活なさったイエス様を個人として自分の心に受け入れるばかりでなく、イエス様が最後の晩さんの間に定められたように、彼が十字架上ですべての人の救いのために命をささげた偉大な業を、パンとぶどう酒のしるしのもとで、司祭と会衆が神秘的に再現します。毎週このありがたい感謝の祭儀に参加することができ、神様がわが主であると共に我々の命を捧げることができるのは、何と貴重な特権と恵みでしょう。

  ところが不幸なことに、現代の教会は、例外もありますが、日本も含めて、多くの国では司祭の数が減っていくばかりです。しかし、歴史を振り返ってみますと、司祭不足のために多くの小教区でミサが正規に行われなかったことがあり、なにも今が初めてではありません。事情は異なるでしょうが、たとえば、キリスト教の迫害、司祭たちの投獄や死刑、宗教戦争、社会の非キリスト教化、広い領地に散らばっている信者などの理由で、ミサが行われなかったのは、事実です。このような状況の下でローマ帝国による迫害のとき、拘置されていた信者に勇気ある一般信徒がご聖体を密かに差し入れたことがありました。フランス革命の後でのフランスとベルギーにおいて、また、第二ヴァチカン公会議の後でのラテン・アメリカのいろいろな国にあっては、司祭がいなくても共同体が集まって祈りをし、聖書朗読とそれについてのお話の後、ご聖体が配られる「集会祭儀」がおこなわれてきています。

  要するに、ただ一人だけでご聖体をいただいて、聖書を読んだり祈ったりするよりも、同じ主イエス・キリストを信じる人々が集う「集会祭儀」は、信仰を生き生きとしたものにするために、非常に効果的です。
ミサの始めの入祭の歌は、主の家に集まった仲間たちへの喜びと歓迎の気持ちをこめて歌います。閉祭の歌は、イエス様の愛を各自が生きている世界の人々に伝えたい熱意に溢れる歌で、この気持で皆さんがいろいろなところへ派遣されて行くならば本当に素晴らしいことです。

  皆さんが、この「主日の集会祭儀」に慣れていれば、実際にそうしなければならないときが来た時、同じ信仰を持って、同じ聖霊に導かれて、同じ復活なさったイエス・キリストに結ばれながら、同じ聖なる普遍の教会に属する方々と集う喜びをきっと味わわれるに違いありません。

  今年の第五地区の「祈る力を育てる部門」では、昨年と同様に「集会祭儀」セミナーを、当教会で開催することになりました。理由は私たちの教会では毎年行ってきた実績があるからです。

  8月7日(日)10:00からの“主日の集会祭儀”には、是非みなさまが参加されることを望みます。

主任司祭  ハイメ・カスタニエダ
2011.8.1.

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ハイメ・カスタニエダ司祭のプロフィール
フェルナンデス・カスタニエダ・アルバレス・オソリオ・ハイメ
1931年 スペイン・マドリッド生まれ
1948年 イエズス会に入会し、1958年来日
1964年 叙階
1966年より米国のSaint Louis 大学に留学
1970年から上智大学で教鞭をとる
退官後、2003年カトリック鍛冶ヶ谷教会に赴任