主任司祭 パトリック・ブランチフィールド


 この頃私は、共同体についてよく話しますが、勿論教会共同体の意味で話しています。洗礼を受けて日曜日ごとに祭壇を囲む、ぶどうの木であるイエズスと一体となり、その神秘体となって、言わば「一家族」となっています。

 家族はいい言葉です。温かさもあり親しみもあります。同じ家族の者はお互いに関係を認め合って責任を感じます。そして勿論お父さん、お母さんもいれば子供達もいる。おじいさん、おばあさんもいる。こういうふうに考えると鍛冶ヶ谷教会共同体はとても幸せで恵まれているのではないかと思います。

 社会一般と同じように、ご年配の方が多いですが若い家族もいる。八時半のミサにお父さん、お母さんと一緒に子供達が来ている。ミサの典礼の役割、侍者、先唱者、朗読等は殆ど子供達に託されている。家族が理想的な形で誇るべきでしょう。是非皆さんにこれを意識して維持して頂きたい。子供達が信仰の中に育つように。

 ミサの典礼以外に私たちがこなしているすべてを挙げる必要はない。「語らいのひろば」、「ランチ」、「バザー」等、共同体の連帯を強める為に役に立っていると思います。

 弱点があるかと思うと、それは私たちがまだお互いを名前で呼べないことです。勿論出来る人もいるが限られています。「家族」となるために、この弱点を乗り越えるようにしたい。

 家族と云うものの力は連帯にあるでしょう。お互いに興味と関心を持ち、家族に対する帰属感を持っていれば、当たり前と思うものは何もありません。お花であろうと、音楽であろうと・・・。
 この頃、名札を使うようになりました、それも続けていけるよう頑張りましょう。