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人の子が
戸口に近づいていると
悟りなさい
―年間第33主日B年

ヨハネ・ボスコ 林 大樹

  マルコによる福音13章24−32節

 マルコ13章は「小黙示録」とも呼ばれ、終わりの日の到来と、それに向けての弟子の態度を教えています。5節後半から37節まで、長い説教が語られます。この説教の構成を考えると、四つの段落からなることが分かります。

 第一段落(5節後半−23節):テーマ 弟子が取るべき態度「気をつけていなさい」。
 「気をつけなさい」(5節後半)。
  惑わす者・戦争・災害(6−8節)、 迫害(9−13節)、 破壊者・偽キリスト(14−22節)。
 「気をつけていなさい」(23節)。

 第二段落(24−27節):テーマ 人の子の到来が救いであること。←今日の福音。
   天体に徴(しるし)がある(24−25節)。
 そのとき、人の子が来る(26節)。
 そのとき、選ばれた人たちを呼び集める(27節)

 第三段落(28−32節):テーマ 人の子の到来の確実さ。←今日の福音。
 人の子が戸口に近づいている(29節)
 これらのことがみな起こるまでは、この時代は滅びない(30節)。

 第四段落(33−37節):テーマ 弟子の取るべき態度「目を覚ましていなさい」。
 「目を覚ましていなさい」(33節)。
   その時がいつなのか、あなたがたには分からない(33節)。
 「目を覚ましていなさい」(37節)。

 解説
 第一段落(5節後半−23節):テーマ 弟子が取るべき態度「気をつけていなさい」。
 この段落は「気をつけなさい」(5節後半・23節)で囲い込まれています。この段落のテーマはこの囲い込みが示すように、惑わされない(まどわされない)ように「気をつけている」ことです。惑わされないように警戒すべきものが三つあります。まず、惑わす者・戦争・自然災害(6−8節)であり、続いて弟子への迫害(9−13節)であり、最後に憎むべき破壊者と偽キリストの出現(14−22節)です。戦争や災害は「起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない」し、「これらは産みの苦しみの始まり」です(7、8節)。

 第二段落(24−27節):テーマ 人の子の到来が救いであること。←今日の福音。
 24−27節は人の子の到来が救いであることを語ります。まず、23節までに語られた様々な苦難の最後を締めくくるように太陽や月に大変動が起こると述べた後に、「そのとき」を冒頭に持つ二つの文章が続き、人の子が「大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来る」ことと「選ばれた人たち」が四方から呼び集められることが述べられます。「選ばれた人たち」とは迫害に耐え、神を信じ続ける人々のことです(ルカ18章7節)。神を信じて堪え(たえ)忍ぶ者は、苦難で終わることはなく、力と栄光を帯びた人の子によって、必ず救い出されます。終末(人の子の到来)は神を信じる者にとって救いの時なのです。

 第三段落(28−32節):テーマ 人の子の到来の確実さ。←今日の福音。
 イエスは、自分の来臨(人の子の到来)を決めるのは父だけだと明言しますが(32節)、それと同時にその日の近づくことを知るようにと「いちじくの木のたとえ」を話します。パレスチナでは、ほとんどの樹木が冬も落葉しないのに、いちじくだけは落葉します。そのいちじくが芽をふき、大きな葉を茂らすとき、夏の近いことが分かります(28節)。そのようないろいろな徴(しるし)によって終末の時が始まると、人の子はすでに近づき、いわば戸口に立っています(29節)。さらに「これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない」、つまり人の子の到来がないままにこの世が終わりはしないと述べ(30−31節)、最後に「その日、その時」は父だけが知るだけで、天使も子も知らないと述べます(32節)。
 人の子の到来の正確な日は神を除いて誰も知りませんが、その日の到来は確実であり、しかもその日は近い。だから、その日を熱心に待つべきです。その日は弟子には滅びの日ではなく、救いの日なのです。

 第四段落(33−37節):テーマ 弟子の取るべき態度「目を覚ましていなさい」。
 33−37節は「目を覚ましていなさい」(33節・37節)で囲い込まれており、再び弟子の取るべき態度を述べます。「その時がいつなのか、あなたがたには分からない」(33節)のだから、家の主人がいつ帰ってもよいように、目を覚まして待っているべきだ(34−37節)、と。

 今日の福音のまとめ
 初代教会の人々は、終末(人の子の到来)はそれほど先のことではない、この二、三年、十年、二十年先にはもう終末が来ると思っていました。当時の人々は、もうすぐ来るという、ものすごい緊迫感の中で生きていました。だから、弟子たちはイエスに「そのことはいつ起こるのですか」(13章4節)と尋ねます。終末が遅れすぎていて本当に来るのだろうかと疑いたくなるからです。大切なのは「その日」がいつ来るかではありません。なぜなら、「その日」を決めるのは父だけだからです(32節)。しかし、その到来は確実であり、それは救いの日です。だから、何も心配せずに、を懸命に生きればよい。を大事に生きるとき、人の子がすでに近づき、戸口に立っていると言えるのです(29節)。
2021年11月14日(日)
鍛冶ヶ谷教会 主日ミサ 説教

※ 注(Web担当者より)
●太字の小見出しで字がやや小さくなっている部分(「第一段落」〜「第四段落」が2ヵ所ずつ、計8ヵ所)は、原文(Wordファイル)ではフォントがゴシックだが太字にはなっていない部分であり、フォントがゴシックかつ太字になっている見出しよりも一段下の扱いですが、Web上でフォントを使い分けるのは難しいので、字をやや小さくすることで代用させていただきました。ご容赦を。
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