クリスマス・プレゼント
その1

主任司祭 ヨハネ・ボスコ 林 大樹

 神はアブラハムに「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを焼き尽くす献げ物としてささげなさい」(創世記22章2節)と命じます。親にとって、自分の子どもを見捨てることは自分の命を捨てるよりも高価な犠牲です。神はその独り子であるキリストを私たちにプレゼントしてくださいました。聖書はこの箇所(創世記22章1−24節)で、神の独り子であるキリストのいけにえを見ています。
 クリスマスの本当のプレゼントはキリスト自身です。この真実は次の一句に書かれています。「神はその独り子をお与えになったほどに世を愛された」(ヨハネ3章16節)。これだけです。「これだけ」とは言っても、これこそ歴史上、最上の出来事です。クリスマスは神から送られた最高の「プレゼント」なのです。
 クリスマス・プレゼントを運んだ元祖サンタクロースは、4世紀、小アジアの司教だった聖ニコラオです。ある夜、彼はある貧しい人の家の煙突に登り、そこから財布をこっそり落としました。するとその財布は、その家の女の子が暖炉に干していた、くつしたの中に入ってしまいました。これがくつしたの中に、クリスマス・プレゼントを入れる習慣の始まりです。
 クリスマス・プレゼントは、お金をかけるだけが高価ではありません。思いやりのある一言、暖かい笑顔、親切、愛の心こそ、一番うれしいプレゼントです。聖ニコラオが貧しい人々にプレゼントしたように。そして、神が大切な独り子であるキリストを私たちにプレゼントしてくださったように。


クリスマス・プレゼント
その2

  次のようなマザー・テレサの言葉があります。
 本当に愛したいと思うなら、痛みを覚えるまでに与えなければなりません。
 そうすれば、私たちの愛は、私たち自身から自由になり、
 他の人々にとって、信じるに足りるものとなります。
 少し前、私たちの『子どもの家』で、お砂糖がなくなってしまいました。
 それを聞いた四歳の坊やが家に帰って、両親に言ったのです。
 「ぼく、三日間お砂糖はいらないよ。その分、マザー・テレサにあげるんだ。」
 三日後、坊やは両親と一緒に、そのお砂糖をもって来てくれました。
 その坊やは、やっと私の名前を言えるくらいの幼い子どもでしたが、
 それでも、彼は、私に、人間とは本当に大きな愛をもっているものだということを教えてくれたのです。
 大切なのは、いくつあげたかということではなく、愛をもって与えることです。
 小さな坊やは、自らが痛むまでに与えたのでした。
※大切なことは、どれだけたくさんのことや偉大なことをしたかではなく、どれだけ心を込めてしたかです。

「マザー・テレサ 100の言葉」
(ヴォルフガング・バーダー編 山本文子訳 女子パウロ会)
マザー・テレサの言葉55・56

 鍛冶ヶ谷教会の皆様、今年も愛のクリスマス・プレゼントを隣人に運んであげてください。
 クリスマスおめでとうございます。


※ 注(Web担当者より)
●本文の後半、太字になっている部分は、原文ではフォントが明朝からゴシックに変更されている部分ですが、Web上でフォントを使い分けるのは難しいので、太字で代用させていただきました。ご容赦を。