印刷など用に
Wordファイル
ダウンロードしたい方は
こちら

イエスの顔は
太陽のように輝いた
―四旬節第2主日A年

ヨハネ・ボスコ 林 大樹


 第一朗読:
  父の家から離れて
  (創世記12章1−4節a)

 創世記1−11章は原初史と呼ばれ、聖書の民イスラエルとは直接的な関係を持たない、人類全体に適用される出来事を語っています。この原初史は人間の「神のようになりたい」という罪を記述しています。
 創世記12章からは、この罪から人類を救済しようとする神の遠大な計画(救済史)が語り始められます。この計画の最初の一歩は、生まれ故郷からアブラムを離し、神が示す地に向かわせることによって始まります。地縁とか血縁とかによる共同体から、神が導く共同体へとアブラムを出発させたのは、神なしに人間社会はあり得ないことを私たちに示すためです。イスラエルはそのような使命を帯びた民なのです。
 1節を直訳すると
  そして言った主は アブラムに
  「行きなさい あなたのために
  あなたの地から
  あなたの親族から
  あなたの父の家から(離れて)
  わたしがあなたに示す地へと」。

となります。アブラムにとって「あなたの地」は慣れ親しんだ土地であり、危険の少ない場所ですし、「あなたの親族」は安心して協力することのできる仲間であり、「あなたの父の家」は心のゆるすことのできる憩いの場です。
 しかし、神は故郷が保証するぬくもりから離れ、見知らぬ土地に向かうようにと指示を与えます。いわば自然に成立している共同体から決別し、神が示す新たな共同体に身をあずけるようにと求めます。
 4節aを直訳すると、
  そして行った アブラムは
  主が彼に語ったように

となります。ここで「行った」と訳した動詞は、1節の神の指示に使われた「行きなさい」と同じです。同じ動詞を使うことで神の指示に従う忠実なアブラムの姿を浮き彫りにしています。「あなたの地・あなたの親族・あなたの父の家」を離れて形成された共同体は、今も私たちのうちに生きています。

 第二朗読:
  不滅の命を現した
  (競謄皀1章8節b−10節)

 人類に救いの意志を示すためにイスラエルを誕生させた神の計画(救済史)は、平坦な道を歩んだのではありません。原初史がそうであったように、神は人間の自由意志を尊重し、対話を通して導こうとしますが、人間はそれを拒み、勝手な道に入りがちだからです。
 人間がどんなに愚かに振る舞おうと、神の救いの意志はみじんも揺らぐことがありません。なぜなら、今日の第二朗読が述べるように、「この恵みは、(創造以前の)永遠の昔にキリスト・イエスにおいて私たちのために与えられ、今や、私たちの救い主キリスト・イエスの出現(=受肉)によって明らかにされた」からです。(9−10節)。
 聖書では、罪とは神と離れることであり、神から離れたところに命はありません。神の救いは、イエスが十字架上で死んであがないの業を成し遂げ、復活することによって明らかにされました。「父(神)の家を離れた」イエスは、神が導く新たな共同体(教会)のために、「不滅の命を現して」くださったのです。

 福音朗読:これに聞け
  (マタイ17章1−9節)

 アブラムは「行きなさい」という神のことばで旅立ちましたが(創世記12章4節a)、イエスは彼以上に神のことばに従いました。なぜなら、イエスは「死を滅ぼし、不滅の命を現す」ために(競謄皀1章10節)、自分の体を差し出したからです。
 しかし、イエスの死と復活は、弟子たちの理解を越えたことでした。ペトロが「あなたはメシア、生ける神の子です」と信仰告白をした後、イエスは初めて弟子たちに自分の死と復活を予告します(マタイ16章21節)。ペトロは、イエスが「苦しみを受けて殺される」ことなどあってはならないと思い、イエスをわきへ連れていさめました。イエスはそのペトロに「サタン、引き下がれ」と言います。イエスは自分の「死と復活」を予告したのですが、ペトロたちが具体的に思い描くことができたのは、イエスの「死」という惨めな最期だけであり、「復活」は思いも及ばない出来事でした。そこでイエスは「不滅の命」を知らせるために、山の上で「顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった」姿を弟子たちに示します(2節)。
 神は弟子たちに「これ(=イエス)に聞け」と指示します(5節)。ペトロは律法の代表者モーセと預言者の代表者エリヤとイエスが話すのを見て、イエスに「主よ」と呼びかけています。ペトロのイエスに対する理解は間違っていません。しかし、三人にひとつずつ仮小屋を作ろうと提案したことは、イエスをモーセとエリヤと同列に置くことを意味します(4節)。ペトロの理解が不足しているので、神が「これ(=イエス)に聞け」と教えます。この神のことばは、イエスこそが旧約聖書を完成する者であることを明らかにしています。
 今日の朗読をまとめると、イエスは弟子たちに「死と復活」を予告しますが、それは弟子たちの理解を越えることでした。そこで「不滅の命」を知らせるために、「顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった」姿を彼らに示します。それを垣間見たペトロはその喜びを地上に留めようとして、仮小屋の建設を提案しますが、雲の中からの声は「これに聞け」と述べ、「父の家から離れて」、「不滅の命を現した」イエスに聞くことの大事さを教えます。
2023年3月5日(日)
鍛冶ヶ谷教会 主日ミサ 説教

※ 注(Web担当者より)
●本文の序盤で斜字(イタリック)になっている部分は、原文(Wordファイル)ではフォントが明朝からゴシックに変更されている部分ですが、Web上でフォントを使い分けるのは難しいので、斜字で代用させていただきました。ご容赦を。
原文どおりのフォント切替でご覧になりたい場合は、お手数ですが、Wordファイルをダウンロードしてご覧いただければ有難く存じます。