『主のご復活おめでとうございます。』

主任司祭
ルドヴィコ茨木 西村 英樹


 昔から日本では、「暑さ寒さも彼岸まで」といいます。お彼岸は春分の日を中日(真ん中)とおいて、その前後3日を指します。そして、春分の日は「昼と夜の長さが一緒になる春の日」であり、復活祭は「春分の日を過ぎた、最初の満月になった後の日曜日」になります。
 キリスト教信徒的にいうと「(暑さ)寒さもイースターまで」といったところでしょうか。
 皆さんは、「主のご復活」について、どのようなイメージを持たれていますか?この喜びにあふれた日をどのように表現したいと思うでしょうか。
 私個人は、いつも「台風一過の晴れ渡った朝」を思い浮かべます。前日の暴風雨が嘘のような、澄み切った空がどこまでも続く光景を、皆さんも見たことがあるでしょう。台風一過後、なぜあんなに空気が澄み切っているのかというと、台風が空気中のほこりとか汚れたものを運んで行ってしまうからだと聞いたことがあります。実際経験上ですが、聖週間に天気が崩れても、復活祭の主日は決まって晴れになります。しかし、例外もあります。
 ある年の復活の主日、前日からの雨が続いていました。「復活祭でも雨になることがあるんだなあ」と、ちょっと勝手に残念に思っていました。教会から自宅に戻り、昼食をとっていると雨はいつの間にかやんでいました。ベランダに出た姉が突然「虹だ!」と叫びます。「雨があがったんだから、そりゃ虹くらい出るよ」そう思いながら、私もベランダにでると今まで見たことがない光景を目にしました。通常、虹は橋のように横につながって見えるものです。ですがその虹はなんとまん丸の真円!満月のお月様のようでした。私はその虹を見ながら、創世記のノアの洪水を思い出していました。洪水によって腐敗した人間を滅ぼそうとなさった後

 「わたしは、雲の中にわたしの虹を置く。これが、わたしと地との間に立てた契約のしるしとなる。わたしが地の上に雲を起こすとき、虹が雲の中に現れる。そのとき、わたしは、わたしとあなたたちおよびすべての肉なる生き物との間に立てた契約を思い起こす。わたしはその虹を見て、わたしと地上のすべての生き物との間に立てた永遠の契約を思い起こす。」創世記9:13〜16

と言われました。

 私は、なんだかとても嬉しくなりました。しかもその虹は真円でした。これは東洋人的感覚かもしれませんが、円=完璧(ぜひ完璧の語源を調べてみてください)というイメージがあります。「神様が完全な救いの約束として、この虹をかけてくださった。」そう思うと大きな喜びが胸の内に訪れたように感じたことを覚えています。
 「水」は、聖書的には「深淵」や「混沌」といった恐ろしいイメージがありますが、同時に「清め」や「いのち」といった、「新たにされる」イメージがあります。キリストイエスの十字架の死と復活は「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために御自身をお与えになった神の子に対する信仰によるものです。」という救いへと導かれます。
 頂いた「新しい命」「救いの真理」に感謝しつつ、この復活節を過ごしましょう。