『こどもたちに伝える信仰』
「信仰を伝える力を育てるチーム」
田坂 共愛
田坂 共愛
先月から日曜学校の担当になりました。子供たちにとってどのような学びが必要なのか、そして日曜学校がどんな存在であるべきか、他のリーダーと一緒に先月から試行錯誤しつつ、神様の導きを仰ぎながら、カリキュラムを作りました。
近年、「子どもの主体性」という言葉をよく目にします。自分で考え、自分で決めたことを粘り強く自分の力でやり遂げる力を育み、物事を達成した時、子どもは自信を持ち、自己肯定感が高まるという考え方です。
この考え方における欠点は、子供が興味を示さないことは進まなくなるということ。そして物事に失敗したとき、子どもは自分の責任や不甲斐なさを自覚し、逆に自己肯定感が下がり、何も意欲がわかなくなってしまうことです。近年、若者や子どもで自ら命を絶つ人が増えているのは、このような自己中心・自己責任論が影響しているかもしれません。
「イエスのカリタス修道女会」のシスター方がいらした頃、シスター方は私たちに対してたくさんのことを伝えて下さいました。それは、わたしたちが神様やマリア様に見守られていること。互いに祈り、助け合い、互いに愛し合うこと。祈るときに、きちんと十字架のイエス様を見ながらお祈りをすること。など、今でも私が大切にしていることばかりです。
シスター方は、とても辛抱強く、私たちに勉強を促しました。なぜなら、これら一つひとつが、子供たちが生きていく上での支えになると、確信しておられたからだと思います。
私たちはシスター方が証してくださった姿から学ぶ必要があります。それは、決して諦めず粘り強く、キリスト者としての生き方を子どもたちに伝えることです。
先日神父様が、日曜学校に対して、4つのことをお願いしたいと言われました。
それは、「子供達の自己肯定感を高めることに寄与すること」、「子供達が神様に愛されていることを伝えること」、「その神様の愛に、感謝と祈りで応えること」、「子供達と楽しく遊ぶこと」です。
キリスト者にとって、自己の存在を肯定するプロセスは、先に述べた現代の教育のプロセスとは全く違うものです。自分の存在を自分の力によって肯定するのではないのです。
私たちは神の似姿として造られ、一人ひとりに召命があり、神様によって生かされています。そして、神様が愛によって私たちをお造りになったのです。
この愛の業によって造られた私たちが、神様から頂いた大きな愛に、どのようにして応えればよいのでしょうか?
それは、感謝の祈りを捧げ、それぞれが互いに愛し合うこと。神様が喜ばれる生き方、「人間を創造してよかった。」と思ってもらえるような生き方を選ぶことが必要だと思います。
神様はいつも私たちのそばにいてくださいます。目には見えないですが、私たちが互いに愛し合うとき、確かに私たちは、その場所にキリストの姿を見い出だすのです。
愛と慈しみのあるところ、
神はそこにおられます。
神はそこにおられます。
