横浜教区には毎年司祭の数が少ずつ減っているので、かならず毎日曜日ミサがあるとは限りません。周囲の小教区には月に一回、あるいはそれ以上に、司祭なし集会祭儀が行われています。鍛冶ヶ谷教会でも8月10日に主日の集会祭儀を行うことになりました。
ごミサに与るたびに皆一緒に祈り、神のみ言葉を聴き、復活なさったイエス様を個人として自分の心に受け入れるばかりでなく、イエス様が最後の晩さんの間に定められたように、皆、司祭と共に、彼が十字架上ですべての人の救いのために命をささげた偉大な業を、パンとぶどう酒のしるしのもとで、神秘的に再現します。毎週このありがたい感謝の祭儀に参加して、神様が我が主と共に我々の命を捧げることができるのは、何と貴重な特権とめぐみでしょう!

ところが不幸なことに、現代の教会は、日本も含めて、多くの国では司祭の数が減っていくばかりで、その傾向が変わるという兆候も見えません。しかし、歴史を振り返ってみますと司祭不足のために多くの小教区で、ミサが正規に行われなかったことがあり、今がはじめてではありません。事情は異なるでしょうが、キリスト教の迫害、司祭たちの投獄や死刑、宗教戦争、社会の非キリスト教化、広い領地に散らばっている信者などの理由があげられます。このような状況の下でローマ帝国の迫害のときから、拘置されていた信者にご聖体を密かに差し入れたことがありました。また、フランス革命のあとでフランスとベルギーばかりでなく、第二ヴァチカンのあとで、ラテン・アメリカのいろいろな国では、司祭がいなくても共同体が集まって、祈りをして、聖書朗読とそれについてのお話ののち、ご聖体が配られる集会祭儀がおこなわれてきたのです。

日本でも、たとえば27年前に、私は留守番の形で札幌教区の苫小牧の表町教会に2ヶ月ほどいました。そのとき静内教会と浦河教会も担当していましたので、月に1回は、表町教会では集会祭儀がおこなわれていました。評判はとても良かったのです。
  
要するに、ただ一人だけでご聖体をいただいて、聖書を読んだり祈ったりするよりも、同じ主イエス・キリストを信じる人々が集うのは、信仰を生き生きとしたものにするために非常に効果的です。ミサのはじまりから入祭の歌を歌うとき、主の家に集まった仲間たちへの喜びの歓迎の気持ちをこめて歌うことと、閉祭の歌は、イエス様の愛を各自が生きている世界の人々に伝えたい熱意に溢れる歌で皆さん色々なところへ派遣されて行きましたらすばらしいことです。

皆さんがよく準備をしていらっしゃれば、実際にそうしなければならないときが来た時、同じ信仰を持って、同じ聖霊に導かれて、同じ復活なさったイエス・キリストに結ばれながら、同じ聖なる普遍の教会に属する方々と集う喜びをきっと味わうに違いありません。8月10日(日)10:00からの、“主日の集会祭儀”に大きな期待をもって参加してくだされば幸いです。†

鍛冶ケ谷教会主任司祭:ハイメ・カスタニエダ